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東京高等裁判所 昭和45年(ネ)2810号 判決

控訴人 奥山建設株式会社

右代表者代表取締役 奥山貞雄

右訴訟代理人弁護士 旅河正美

同 元木祐司

同 下井善廣

控訴人(旧姓、成田) 赤石政司

右訴訟代理人弁護士 須藤正彦

被控訴人 鈴木てる

〈ほか三名〉

右被控訴人ら四名訴訟代理人弁護士 小林幹司

主文

一、原判決のうち控訴人ら敗訴部分を次のとおり変更する。

二、控訴人奥山建設株式会社、同赤石政司は、各自、(1)被控訴人鈴木てるに対し金一四二万四、一〇八円および内金一一八万四、一〇八円に対する昭和四二年八月二七日から完済にいたるまでの年五分の割合による金員を、(2)被控訴人関千津子、同鈴木庸彦、同鈴木由樹子に対し各金八九万七、七三八円および内金七四万七、七三八円に対する昭和四二年八月二七日から完済にいたるまでの年五分の割合による金員をそれぞれ支払わなければならない。

三、被控訴人らのその余の請求を棄却する。

四、訴訟費用は、第一、第二審を通じて五分し、その三を被控訴人らの、その余を控訴人らの各連帯負担とする。

五、この判決は第二項に限り仮に執行することができる。

事実

控訴人ら代理人は、それぞれ原判決のうち控訴人らの敗訴部分を取り消したうえ、被控訴人らの請求を棄却し、訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人らの負担とする旨の判決を求め、

被控訴人ら代理人は、本件控訴をいずれも棄却する旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上および法律上の陳述ならびに証拠の関係は、次に付加・訂正するほか、原判決書の事実欄に記載するのと同じであるから、これを引用する。

(控訴人奥山建設株式会社の陳述)

一、控訴人赤石が本件交通事故の際に運転していた自動車(以下、本件自動車という)について、控訴人奥山建設株式会社(以下、控訴会社という)は、次に述べるとおり、いわゆる運行供用者ではないから、右事故につき責任を負担すべき筋合はない。

(一)  原審被告小玉孝悦を代表者とする小玉組は、労務請負を業とする独立の企業であり、控訴会社とは元請業者・下請業者の関係にあった。そして、本件事故当時控訴人赤石は右小玉組の一従業員の地位にあって、独立の運送人ではなく(控訴会社は、原審で「赤石が工事材料、機械類、土砂等を運搬する独立の運送人である」と主張したが、真実に反し、かつ、錯誤にもとづくものであるから、これを撤回し、右のように変更する)、したがって、控訴会社と控訴人赤石との間には雇傭関係はもとより、元請・下請の関係も指揮監督の関係もまったく存在しなかった。

(二)  元来、元請業者が下請業者もしくはその従業員の自動車事故について、運行供用者としての責任を問われるのは、両者の間に使用者、被用者と同視しうる指揮監督関係が存在する場合、これをさらに具体的にいうと、(イ)専属的関係が存在すること、(ロ)元請業者が下請現場に常時監督者を派遣していること、(ハ)下請作業中の事故であることなどの事実が存在することを必要とする。しかるに、控訴会社と控訴人赤石の間には右にあげた事実が存在せず、とりわけ本件事故は控訴人赤石が自己所有の自動車を下請作業の執行とは全く無関係な私用で運転中に惹起したものであって、時間的、場所的に控訴会社の指揮監督の全く及ばない所での事故であるから、控訴会社は本件自動車についての運行供用者には該らない。

二、仮に控訴会社が控訴人赤石の本件事故につき損害賠償すべき義務があるとしても、本件事故の原因は被害者鈴木重次の重大な過失に起因するものであって、控訴人赤石の過失は軽微であるから、過失相殺されるべきである。

(一)  本件事故現場の道路は、中央部分が舗装されていて、その両端部分が未舗装の状態であったが、その幅員は舗装部分が三・四メートル、未舗装部分が両側に一・九メートルと一・六メートルあり、幅員合計六・九メートルの道路であった。そうだとすれば、右道路は必ずしも狭い道路であるとはいえず、これを狭い道路であるとして、控訴人赤石に各種の重い注意義務を課するのは不当である。すなわち、右道路において車幅一・九六メートルの控訴人赤石の自動車が、せいぜい車幅〇・六メートル内外の被害者重次の乗っている自転車を追い越すに際しては、右控訴人は時速約四〇キロメートルで走行していたのであるから、格別減速徐行しなくても十分被害者重次の自転車との横の間隔を保持して追い越すことが可能であり、かつ、実際に同控訴人自身被害者の自転車との間隔を十分に保持していたので、安全に側方を通過できると確信して追い越そうとしたのである。したがって、右追越しに際して全く危険はなく、しかも夜間のため自動車の前照燈によりすでに被害者は自動車が後方から接近進行してきているのを知っていたはずであるから、警音器を吹鳴すべき義務は全く存しなかったのである。さらにまた控訴人赤石は約三〇メートル前で被害者に気がつくほど十分に前方を注視しており、被害者を認めた後は当然被害者の動静に注意をしていたのである。

以上のような状態にありながら、なお本件事故が発生したのは、次に述べるとおり被害者の突発的な行動によるものであり、控訴人赤石がいかに被害者の動静に注意していても、車間距離が接近していたため被害者を避け切れなかったのであるから、右控訴人にはほとんど過失がなかったというべきである。

(二)  被害者重次は、本件事故前多量の酒を飲み、事故当時は泥酔に近い状態で自転車に乗っていたものと推測される。そして、控訴人赤石をはじめ同乗者らは、本件自動車の直前で被害者の自転車が右側に倒れかかったような気がしたと述べており、これに本件各証拠資料からみると、右供述のとおり、被害者が本件自動車の直前で、同車が通過しようとする右側に倒れかかったことが明らかであり、これが本件事故の直接の原因である。そうだとすれば、控訴人赤石には本件事故についてほとんど過失はなかったというべく、被控訴人らが蒙った損害の八割ないし九割は過失相殺されるべきである。

三、被害者鈴木重次の逸失利益(得べかりし利益)の算出にあたり、次の点が考慮されねばならない。

(一)  各種統計資料あるいは消費単価指数を基礎として被害者の生活費を算定するのに、これを収入の五分の一とするのは不当に低額であり、裁判例を検討してみても、四七才の世帯主の場合に生活費がその収入の五分の一などという事例は全く見当らない。本件被害者の場合についてみれば、長女である被控訴人関千津子がすでに扶養家族でなかった点をも考えると、被害者の生活費がその収入に対して占める割合は少なくとも三分の一は下らないものというべきである。

(二)  もともと逸失利益とは、死亡時より将来にわたって予想される総収入から総支出を減じて算出すべきものであるところ、統計によれば、当時四七才の男性の平均余命は二四・九才であるから、被害者は七二才まで生存することが予想され、満六五才以降も七年間は生活費を必要とするわけであり、これを控除しなくては適正な逸失利益が算出されない。

(三)  逸失利益が被害者の将来における労働または事業経営などによる収益を想定するものであるかぎりその者に対する所得税その他の公租公課の賦課されるのは当然であり、これを所得税法九条一項二一号を根拠として控除すべきでないとするのは、右規定の趣旨を不当に拡大するものであって妥当でない。また右の控除をせず逸失利益を算定することは、被害者が本来現実に労働して取得する以上の実質的利益を計上することになり、損害賠償制度が実質的損害の公平な分担を目的とする以上、加害者の犠牲のもとに実質的損害以上の填補を図らせることになり不当である。

(被控訴人らの陳述)

一、控訴会社の当審における陳述第一項のうち控訴会社と小玉組および控訴人赤石との関係は不知。

被控訴人らの控訴会社に対する責任は、自賠法三条にもとづくものであって、民法七一五条によるものではない。したがって、控訴会社が控訴人赤石を指揮監督し、本件事故を防止できたか否かという観点ではなく、本件自動車に対する運行支配があったかどうかという点を考慮すべきであり、運行支配は事前に抽象的に存在するか、それとも当該運行に関して存在するか、いずれであってもよいのである。本件についてこれをみるのに、控訴会社は本件自動車による利益を専属的に享受し、その運転者である控訴人赤石に対しても、包括的のみでなく、直接的に指揮監督権が及ぶ状態にあるから、本件自動車に対する全運行支配権が控訴会社に帰属していたものとみられる。したがって、控訴会社は自賠法三条の責任を免れることはできない。

控訴会社はまた当審において控訴人赤石の地位につき原審で陳述したところを真実に反し錯誤にもとづくとして覆えし、同控訴人は小玉組の一従業員であると主張を変更することは、容認できない。

二、控訴会社が当審における陳述第二項において主張する被害者鈴木重次に過失があったとの点は否認する。控訴人らの述べるところは、いずれもたんなる推測による事実を前提とする主張であるにすぎず、その前提とするところはすべて事実と異なるものであって、被害者重次にはなんらの過失も存しない。

三、控訴会社の当審における陳述第三項の主張は争う。

生活費の算定については各種の方法があるが、世帯人員数により世帯主の生活費も変化することは否定できない。控訴人ら主張の割合は一般に子供のいない家庭についていえるにとどまり、本件については適切でなく、収入の五分の一とみるのが相当である。元来、逸失利益から生活費を控除するのは、一応の計算の基礎であるから、人間の将来性や経済の変化を一切考慮せぬ最少限の蓋然性による計算であり、一応の合理性があれば損害額として認められるべきである。その意味でも、被害者重次は国鉄を定年退職した後も労働に従事することは明らかであり、その間の利益をも考慮して妥当な損害金額を算出することには十分な合理性がある。損害金の範囲から税金等を控除しない理由も右の点にあり、所得税法が損害金を非課税とする立法趣旨からいっても、税金等を控除しないのは当然の措置である。

四、被控訴人らは控訴人らが本訴請求にかかる損害金を任意に支払わないので、弁護士に本訴を依頼することを余儀なくされ、原審、控訴審合計八〇万円の弁護士費用を要するので、これを原判決の認容した金額の範囲内で請求する。

(証拠の関係)≪省略≫

理由

一、本件交通事故の発生と控訴人赤石の過失責任

(一)  ≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められる。

控訴人赤石は、昭和四一年一二月初め中型貨物自動車(四一年型三菱ジュピター、中型ダンプ、登録番号横浜一さ三、三五一号。以下、本件自動車という)を購入所有し、これを運転していた。同年同月一八日夕刻、控訴人赤石は控訴会社の飯場から同会社の下請業者たる小玉組に所属する同僚の土工高橋勇三、同渡辺幸蔵を本件自動車に同乗させて鎌倉市山崎所在の飲食店「カッパ」に赴き、同日午後八時三〇分より午後九時二五分頃まで右両名らとともに飲酒し、かなり酔ったので、同店を出て帰途につくにあたり、右渡辺より自動車を運転しない方がよいと制止されたのにこれを聞き入れず、再び右高橋、渡辺を前記飯場に送り届けるため、本件自動車の運転台に同乗させ、自らこれを運転して、前記「カッパ」の前を発進し、大船方面から鎌倉方面に向けて、コンクリート舗装された幅員約三・四メートルの道路(舗装された部分の東側に一・六メートル、西側に一・九メートルの未舗装の道路部分があり、舗装部分と未舗装部分との間は直角で一〇ないし一五センチメートルの段落があって、自転車で舗装部分から未舗装部分に移り、または未舗装部分を進行するのは著るしく安定を欠き、自動車でも振動が激しい状態にあった)を時速約四〇キロメートルの速度で進行した。そして、同日午後九時三二分頃、鎌倉市山崎一、一〇〇番地先道路にさしかかったところ、右道路の進行方向左側を本件自動車と同一方向に向け足踏自転車に乗って進行中の訴外鈴木重次を約三〇メートル前方に認めたのであるが、控訴人赤石は前記のように飲酒していたため正常な運転ができず、しかも右同乗者二名と雑談していたため注意力も散漫となり、訴外重次の動静注視不十分のまま前記速度で進行したため、後記認定のとおり右訴外人の自転車運行状況の多少の異常さに気付かず、したがって同訴外人の右側を広く間隔を置いて通過するか、徐行するかの措置を講ずべき注意を怠り、同訴外人に本件自動車の左側部を接触させて同訴外人を路上に転倒させ、また右接触により異常を感じた控訴人赤石はいったん本件自動車を急停車し、同乗の訴外高橋を下車させてその状況を調査させ、訴外重次が路上に自転車とともに転倒しているのを知りながら、これを放置し、訴外高橋を乗車させ、そのまま本件自動車を運転してその場を立ち去った。そのため訴外重次は翌一九日午前一〇時七分頃鎌倉大船五六〇番地大船中央病院において頭蓋内出血により死亡するにいたった。

右認定に反する≪証拠省略≫は、前記各証拠に対比するときは、自己の立場の弁解心に先立たれた推測を混えた供述によるものであるとみられるため、これを採用することができず、他に右認定を覆えすのに足りる証拠はない。

控訴会社は、本件事故発生当時付近の道路の幅員は六・九メートルもあって、必ずしも狭い道路であるとはいえないと主張するが、前記のとおり右道路のうち自動車および自転車が振動少なく進行しうる舗装部分の幅員は三・四メートルであり、本件自動車の車幅が一・九六メートルであるため(この点は≪証拠省略≫により認める)、その余裕が合計一・五六メートルであることを考えると、右道路は本件自動車が進行するについては、狭い道路であるというべきである。また控訴会社は、控訴人赤石において約三〇メートル先に訴外重次に気がつくほど十分に前方を注視していたというが、右程度の距離で訴外重次の存在が気づくのは当然で、もしこれをも気づかないほどであれば著るしい泥酔状態にあったものとみられるだけであり、右に気づいたからといって直ちに控訴人赤石の注意義務違反がないということはできない。さらに控訴会社は、本件事故は訴外重次の突発的な行動によるものであって、控訴人赤石が右重次の動静を注意していても、車間距離が接近していたため同人を避け切れなかったと主張するが、訴外重次の責任については後に過失相殺の項で判断するとおりであって、同人に過失の責めがないとはいえないが、本件事故発生の経過は前示のとおりであり、本件事故が訴外重次の突発的行動のみによって生じたとすることはできない。

したがって、控訴人赤石は民法七〇九条による不法行為者として被控訴人らに生じた損害を賠償すべき義務がある。

二、控訴会社の運行供用者責任

≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められ、他にこれを覆えすのに足りる証拠はない。

(一)  控訴人赤石は昭和三九年ごろ当時小玉組と称して労務請負を業としていた原審被告小玉孝悦を知り、その小玉組の一員として働くようになり、小玉組が猪瀬建設、次いで菊岡建設、さらに昭和四〇年春頃控訴会社の下請業に移るとともに、小玉のもとで働いていた。控訴会社の下請業者に移った当時、小玉組の従業員は通常七、八名であったが、冬期に季節労務者が加わると三〇ないし四〇名となり、小玉組は控訴会社の道路工事の下請を担当し、とくに控訴人赤石だけは貨物自動車を所有しこれを運転したため、その自動車で工事資材、残土運搬等の作業を担当していた。控訴会社との請負契約は小玉孝悦が締結し、請負代金も同人が受領し、同人において労務者の飯場費用など必要経費を控除し、残金のなかから、控訴人赤石ほか小玉組に属する労務者に約定の賃金を支払っていた。(なお、この点につき、控訴会社は原審において、控訴人赤石は、工事材料、機械類、土砂等を運送する独立の運送人であると答弁しながら、当審で同控訴人は控訴会社の一従業員の地位にあるにすぎず、錯誤にもとづくものであるから、これをそのように変更すると陳述しているが、その変更は後記認定事実からして結果において影響がないので、これを問議しない。)

(二)  控訴会社は、藤沢市、神奈川県土木部などの発注する道路土木工事の請負を主たる業務とし、本件事故当時の従業員は七名で、請負工事の現場は小玉組に下請けさせ、しかも当時の下請業者は小玉組だけであり、他方小玉組ももっぱら控訴会社の仕事だけを下請けしており、いわば専属的労務者提供業者ともいうべき関係にあった。そして、控訴会社は小玉組に下請けさせた工事につき、必要に応じて現場に監督者を派遣し、工事の進行状況ないし作業の調整にあたっていた。

(三)  控訴会社は小玉組が下請けをするようになってから、同組に属する労務者のため飯場を提供し、控訴人赤石も当初は右飯場に住み込んでおり、本件事故の発生する約一か月前から飯場の近くのアパートの一室を借り受けそこで起居していたが、なお常時右飯場に来て同僚労務者と一諸に食事をしたり酒を飲んだりなどしていた。また控訴人赤石は、昭和四一年一二月上旬本件自動車を月賦で買い受けることになったが、適当な保証人がないため小玉孝悦に相談したところ、同人が控訴会社に保証人となることを依頼したところ、同会社がこれを承諾し保証人となったため、本件自動車を月賦購入することができた。控訴人赤石は本件自動車を入手すると、その車体(後部荷物台の横腹)に「奥山建設(株)」という文字を書き入れ、これを知った控訴会社もそれについて格別異議を述べず、黙過しており、右控訴人はその自動車を前記控訴会社が小玉組に提供した飯場の近くに常時保管し、かつ、これをもっぱら下請作業のために使用していた。さらに控訴会社は控訴人赤石ら小玉組に属する労務者の雇主として失業保険、労災保険に加入し、その保険料を立替支払い、右労務者らに支払われる賃料から立替金を差し引いていた。

一般に元請負人は、下請負人またはその従業員がその運行にかかる自動車によって他人の生命または身体を害したことにもとづく損害につき、当然にその責任を負うものではないが、下請負人の従業員とほとんど同視されるような関係にあって、元請負人と下請負人の従業員との間に密接な結びつきが存在し、かつ、その自動車が主として下請作用のために使用されている関係にある場合には、たとえ下請負人の従業員の自動車運行が直接下請作業それ自体の実施に際してなされているときでなかったとしても、それが外形上明らかに下請作業の範囲内でないとみられるときは別として、元請負人は下請負人の従業員の運行する自動車に対する運行支配を有し、運行利益を享受しているものたるを免れないから、自賠法三条にいう運行供用者に該当するものと解するのが相当である。これを本件についてみるのに、下請負人たる小玉組は元請負人である控訴会社の唯一の専属的下請業者であり、控訴会社は小玉組の従業員の実施する下請工事の進行状況などを監督し、小玉組の従業員のために飯場を提供するばかりでなく、控訴人赤石を含む小玉組の従業員を失業保険および労災保険のうえでは控訴会社の従業員として取り扱い、控訴人赤石の本件自動車の月賦購入については控訴会社が保証人となることを引き受け、同控訴人はその自動車を常時右飯場に保管し、これをもっぱら下請作業のために運転使用しており、かつ、控訴会社は本件自動車に自社の商号が表示されているのを黙過したりなどしていることからすると、下請負人の従業員たる控訴人赤石は元請負人である控訴会社の従業員とほとんど同視されるような関係にあり、両者の間には、密接な結びつきが存在するものというべきであり、本件交通事故は控訴人赤石において下請作業の実施に際して発生したものではないが、それが明らかに下請作業の範囲内でないものと認められる状態であったことの証明もないから、控訴会社は控訴人赤石の運行にかかる本件自動車の運行供用者として、その運行によって被控訴人らの受けた損害を賠償すべき責任があるといわねばならない。

三、損害

訴外鈴木重次の得べかりし利益、被控訴人らの相続および被控訴人らに対する慰藉料の関係は、次に付加・訂正するほか、原判決書の理由欄に記載のとおりである(原判決書一〇丁裏九行目ないし同一一丁表五行目)から、これを引用する。

(一)  控訴会社は、被害者重次の生活費をその収入の五分の一とみるのは不当であり、その割合は少なくとも三分の一を下らないものであると主張するが、長期にわたる将来の生活費を具体的に算定することは、過去の相当長期間にわたる実情その他を参考とするとしても結局は推定の域を出ないものであり、かつ、被害者の収入の程度、家族の状況などの事情によって個別的に認定されるべきところ、被害者重次の前記のごとき収入程度、家族の状況などを勘案するときは、同人の生活費を収入額の五分の一とみるのが相当であると判断したのである。

(二)  次に控訴会社は、被害者重次の得べかりし収入額から稼働可能期間経過後(満六五才より平均余命期間七年間)に被害者の支出すべかりし生活費を控除すべきであると主張するが、稼働可能期間経過後における生活費の支出は本件で逸失したとする収入とは直接の関係に立つものでないばかりでなく、稼働可能期間を超えても必ずしも無収入であるとは限らず、また第三者による扶養もありうるから、これを控除の対象とする必要はない。

(三)  さらに控訴会社は、被害者重次の得べかりし利益から所得税その他の公租公課を控除すべきであると主張するが、不法行為にもとづく逸失利益の填補賠償の本質は被害者の稼働能力に対する填補にほかならず、したがってその賠償額の算定にあたっては、算定の基礎とされた収入に対して課せられるべき所得税その他の租税額を控除すべきではなく(最高裁判所昭和四五年七月二四日第二小法廷判決・民集二四巻七号一一七七頁参照)、その賠償額に対しなんらかの公課が課せられるか否かは別途の国家政策の問題である。右主張は採用の限りでない。

(四)  控訴人てる以外の控訴人らの相続すべき金額が「金一、七四五、四七六円」とあるのを(原判決書一一丁裏一〇行目)、「金一、七四五、四七七円」と訂正する。

四、過失相殺

≪証拠省略≫によると、訴外鈴木重次は本件事故当日午後五時三〇分頃勤務先から自宅に帰り、午後五時四五分頃銭湯に行くと称し、自転車に乗って家を出たが、その間に知人と会って飲酒し、かなり酩酊して前記飲食店「カッパ」に立ちより同店でコップ酒一杯を飲み、かつ、同店の近くに自転車を置いて、さらに他に赴いて飲酒し、同日午後九時すぎさらに酩酊した状態で「カッパ」に戻り、同店近くから自転車に乗って帰宅する途中本件事故にあったものであるが、同人は本件事故現場付近で控訴人赤石の運転する本件自動車が背後から接近してきたことを知りながら、前記のとおり飲酒酩酊のうえ自転車に乗っていたため、これまた前認定のとおりそれ程広くない舗装道路の左端を進行せず、かえって中央に若干近いところをフラフラしながら進行したため、右自動車に接触し地上に転倒したものであることが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

およそ狭い道路の上を自転車で進行する者は、後方より自動車が接近するときは、できるだけ左端を進行し、右自動車と接触などすることのないようにする注意義務があるところ、訴外重次は飲酒酩酊して自転車に乗っていたため、道路の左端を正常に進行することができず、かえって道路中央に若干近いところをフラフラと進行したため本件事故を生じたのであるから、被害者重次の不注意が本件事故発生に寄与しているものといわねばならない。

そして、本件事故の態様、控訴人赤石および訴外重次の各前認定の運行状況を総合すると、被控訴人らが本件事故によって蒙った損害のうち五〇%を減額するのが相当である。そうすると、控訴人らに対して、被控訴人てるが請求できるのは、逸失利益の相続分として金一三〇万九、一〇八円、慰藉料として金二五万円、その他の被控訴人が請求できるのは各自、逸失利益の相続分として金八七万二、七三八円(円未満切捨)、慰藉料として金二五万円である。

五、損害の填補

被控訴人らは自動車損害賠償責任保険から保険金として金一五二万一、九三〇円を受領したことを自認し、かつ、そのうち金二万一、九三〇円を訴外重次の治療費に充当し、残金一五〇万円を被控訴人ら四名において慰藉料の内金としてそれぞれ金三七万五、〇〇〇円ずつ充当したと主張するところ、被控訴人らに対する慰藉料として認められるのは各自金二五万円であるから、右充当はその限度で効力を生ずるにとどまるので、残余の各金一二万五、〇〇〇円については民法四八九条の規定の趣旨に則り、これを前記逸失利益の相続分に充当したものと推定する。したがって、被相続人らに対し右相続分として、被控訴人てるが請求できるのは金一一八万四、一〇八円、その他の被控訴人らが請求できるのは各自金七四万七、七三八円となる。

六、弁護士費用

被控訴人らは本訴に伴う弁護士費用として原審および当審分合計八〇万円の支払いを請求するところ、被控訴人らが本件訴訟を追行するため訴訟代理人として弁護士小林幹司を委任していることは当裁判所に顕著な事実であるが、右弁護士にいかほどの手数料、謝礼を支払う契約をしたかは、これを認めうる証拠がない。しかし、被控訴人らが訴訟追行を弁護士に委任した以上、相当額の手数料および報酬を支払うことは当然であり、本訴認容額、訴訟の経過その他を総合考慮するときは、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は原審および当審分を含めて、被控訴人てるにおいて金二四万円、その他の被控訴人らにおいて各自金一五万円をもって相当と認める。

七、結論

以上の次第であるから、控訴人らの本訴請求は、被控訴人てるにおいて金一四二万四、一〇八円およびこれから弁護士費用二四万円を控除した内金一一八万四、一〇八円に対する本訴状送達の日の翌日であることが本件記録によって明らかな昭和四二年八月二七日より支払ずみにいたるまでの民事法定利率年五分の割合いによる遅延損害金の連帯支払いを、その他の被控訴人らにおいて各自金八九万七、七三八円およびこれから弁護士費用一五万円を控除した内金七四万七、七三八円に対する本訴状送達の日の翌日である昭和四二年八月二七日より完済にいたるまでの民事法定利率年五分の割合いによる遅延損害金の連帯支払いを求める限度で理由があるのでこれを認容し、右の限度を超える部分は失当たるを免れない。

よって、原判決が被控訴人らの請求のうち前記金員を超える部分を認容したのは不当であるから、原判決のうち控訴人ら敗訴部分を変更し、控訴人らに対する被控訴人らの請求は、前記金員の範囲で認容し、その余の部分を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九三条、九二条および八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 畔上英治 裁判官 岡垣学 兼子徹夫)

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